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"ボーン インザ USA"の夏

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    私の父(2013年に死去した)はかつては国営だった電話会社に
    30年ほど勤めていた。

    父が40代半ばのころ、その会社は民営化して、一私企業となった。

    その頃の会社といえば転勤が多くて、しょっちゅう引越しばかりさせられていたものだった


    、私など小学校が何度も変わったか、今思い出してみても4回は変わっているのではないか。

    全く、このことは私の人生観にかなり大きな影響を与えているだろう。

    1984年、私たち家族は宮崎県内の北部の小さな街にいた。


    音楽の世界ではMTVが登場して、ティーンエイジャーの私をとても強く刺激した。





    小学校の高学年で音楽に興味を持ち出して、オフコースの切ないメロディーに
    琴線をくすぐられていた少年の心は、
    ブラウン管からダイレクトのあふれてくるもっとスケールの大きな海外の音楽
    に心を奪われて来ていたのだった。

    マイケル ジャクソン、プリンス、マドンナ、ホール&オーツ.....ETC
    私は毎日のように必死にFMラジオを聴き、

    週に一度くらいのミュージックビデオを拝見できる洋楽の番組を決して見逃さないようにチェックしていた。

    まだユーチューブもアイチューンもない時代では、
    海外の音楽を積極的に聴くにはそのように噛り付くようにラジオを聴くか、
    お金を出してレコードを購入する(レンタルもあった)するしかなかったのだ。

    そんなある日、父の会社の休憩室、というか食堂にちょっとしたレコードコレクション
    を見つけた。

    私をはじめ社宅の小学6年生の子供達は、その休憩室で父の同僚から初級の英語を
    朝から教わったりしていたので、比較的自由にそこに出入りすることができた。

    大きなテレビもあったそこには、レコードプレイヤーとカセットテープレコーダーも
    あった。そしてちょっとしたレコードコレクションも...

    そのコレクションのなかに、私はブルース スプリングスティーンのアルバム
    "ボーン インザ USA”を見つけた。

    あの、星条旗とブルージーンズのジャケットだ。

    ほかのレコードは、もちろん松田聖子とかチェッカーズもあったし、他の洋楽の
    レコードはマイケルもきっとあっただろう。

    きっと社内のOL達が
    会社の経費でそれらのレコードを購入して、みんなでカセットテープにダビングしていたのだろう。


    そのようにして、私は"ボーン インザ USA”の全曲が入ったカセットテープを
    手にすることが出来たのだった。

    終わり

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