渡辺貞夫さんとお会いしたときのこと(その2)

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     結局、渡辺貞夫さんは福岡ブルーノートで演奏しているその週の間ずっと、
    ライブが終わったらそのままコンボに立ち寄ってくれた。

    火曜日、もしくは水曜日から金曜ぐらいまで、4日間ぐらいだった
    と思う。ぼくはもちろん、常連さんたちにメールや電話をして、貞夫さん
    が店に来ていて渡辺さんを拝むように触れ回ったものだ。

    貞夫さんは最後の日にプロデューサーみたいな方々2、3人と連れ立って現れた
    以外は、毎日ひとりでやってきた。コンサートで疲れたような表情は見せず、
    ぶらりといつもの微笑を浮かべながら.....

    最初に貞夫さんが来られたに日に、私はちょうどバーデンパウエルの"tristeza on guitar"
    をアナログ盤でかけていたと書いたが、

    そのときとても懐かしそうな、それとも何か、ひどく眩しそうに
    そのレコードジャケットを眺めていた貞夫さんの顔が忘れられない。

    貞夫さんは私に、バーデンの話をしてくれた。それはおそらく1960年代後半ぐらい
    でははないかと私は推測するのだが、こいうものだ。

    ある日来日したバーデンは、貞夫さん宅にてセッションをしていた。
    私は知らなかったのだが(多くの人にとってもそうだと思うが)
    バーデンと貞夫さんは何度も共演していたらしい。

    そして貞夫さん宅にて一晩中セッションすることもあったらしい。

    そんなある時に、貞夫さん宅に近所からうるさいと苦情が入った。

    それを聞いてバーデンはこう答えたという。「俺がブラジルでギターを弾いていると、
    みんな一晩中踊り明かすのに、こっちでは文句がでるなんてな..」

    そんな話を貞夫さんは私に話してくれたのだ。


    貞夫さんは、店内でかかっている音楽に関しては当然ながらとても敏感で、
    私がかけるレコードやCDを興味深げに耳を傾けているようで、気になる物があれば
    すぐに手にとって眺めていた。

    私は生意気にも貞夫さんが何を面白がり、何に対してはつまらないというのか
    私にはとても面白かった。

    デュークエリントンの古い組曲ものや、まだ御同様に
    現役でバリバリのソニーロリンズはどう思うだろうかかけてみたりしたものだった。
    それぞれ反応はなるほどと思えるものもあれば、
    以外に感じるものもあった。

    また、私が貞夫さんのアルバムに入っている曲について、チャーリーパーカーのオリジナル
    のコード進行に基づいて作曲されたと(勝手に)感じていた曲があったので、
    そのことにも思い切って
    尋ねてみたのだが、それについても否定しながらも、嫌な顔もせず答えてくれた。

    4日間ほどとは言え、ほんの短い間だったが貞夫さんの音楽観に触れさせていただいた
    事は、私にとってほんとうに幸運としか言い現せない。

    福岡での数日間のコンサートを終えたのちの数ヵ月後の2000年 12/15、貞夫さんは
    東京はbunkamuraでストリングを交えた大編成で、バーデンパウエルやジョビンの曲を含んだ
    ブラジルへのトリビュートライブを行った。

    そして後にCDとなって発売された。タイトルは"ミーニャ・サウダージ"


    貞夫さんはその後も何度もブラジルトリビュートライブを行っている。



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